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兆候 ~5年前~ [兆候]

 3年目で調達グループに異動になりました。
今までの仕事とは畑違いですが、一日中計算しているよりはずいぶんマシです。

ところが異動の日、挨拶でつかえて頭が真っ白になってしまいました。
自分の言いたいことはあるのですが、異様に緊張するようになってました。
周りからはあがり症なのか?と思われてしまいました。

このころからなぜか不安感とせきたてられるような焦燥感を感じるようになりました。
そして胸が痛むのです。また、慢性的な頭痛にも悩まされるようになりました。
めまいがしてクラクラする。目の前がグルグル回って倒れそうになったことも何度もありました。

でも、会社には毎日行っているから病気だとは思えないんですね。
当時はパソコンによる眼精疲労だと思ってました。

 会社の周囲の人間も、メンタル面が原因で辞めて行く人がでてきました。
自分が夜中1時2時に帰ろうとするとまだ仕事している人がいるわけです。
10歳年上の社員ですが、もう見えるからにオーバーワークです。
大丈夫ですか?と聞くと「もう駄目かもしれない…。」と死にそうな声で返事します。
うつっぽいことを自覚しているわけですね。
次第に「うつ仲間」として互い励ましあうようになりました。

また、夜中に説教されている若手社員もいました。
「うつ仲間」は自分含めて3人4人くらいいましたから、たまにその若手社員を誘って
飲みに行きました。でも仕事が終わらないから夜9時くらいからスタートです。

うつになっている人は決まってストレス解消はしていると言うんですね。
「車を飛ばす」「ワールドカップ見にドイツに行く」などです。
傍目からみれば自分の好きなことをやっているように見えますが、これは「しがみつき」
といううつの傾向の1つです。このころから自分はもしかしたらうつ病なのではないか?
と考えていろいろネットやら本やらで調べるようになっていたのです。

当時読んだ本の中でも分かりやすかったのが「プチうつ気分にサヨナラする本」です。
この本はうつ状態を原始人にたとえて分かりやすく説明してくれています。
例えば原始人が傷ついてクタクタになったとき、外に出るのは危険です。
ここでうつの感情プログラムを発動して、不安を感じるようになれば、食料を取りに
出かけてクマに襲われるような危険を回避できます。

自分が感じていた不安感は将来の危険を予測するため、焦燥感は早く休息を取れという
信号だったのです。この若手社員もストレス解消の前にまず休息をとる必要があります。
でもうつには焦燥感があり、つい行動することでストレス解消しようとしてしまうんですね。

結局この若手社員は寮に引きこもってしまいました。最初はカゼということだったのですが
2週間、3週間たっても会社に出てきません。

心配した私はうつ仲間と一緒に寮に様子を見に行きました。ドアをノックしても出て
きません。部屋はもぬけの空なのか?でも電気メーターはわずかに回っているようです…!
もうドアから妖気みたいなのが漂ってます。残念ながら、復帰できないまま辞めて行きました。
原因は上司のパワハラですね。

後任の若手社員も同様にわずか1年で辞めて行きました。行方不明になったので、
寮に探しにいったのですが、ノックしても部屋にはいませんでした。
最後に荷物整理に会社に出てきてくれましたが、申し訳なさそうに私に挨拶して
くれました。

 そうこうしているうちにショッキングな出来事が。
うちの会社では新入社員研修中、1人部屋を2人で使うんです。
同じ部屋だった親友の同期がいたのですが、うつと診断されて寮に引きこもってしまい
ました。自分は早速話を聞きに行きました。その同期は技術屋だったのですが、
部内16人のうち、4人うつで会社にきていないというのです。同期も含めたら5人目です。
「うちの部署4人に1人うつ病なんだ」とか言ってました。

この同期も辞めて行きました。地元に帰った時ハローワークで求人を見つけて転職したのです。
ちなみにハローワークに行くことを勧めたのは私です☆
景気が上向いていた当時、ハローワークには意外にも良い求人があることをアドバイス
していたのです。でも、入社以来の親友を失ったのは大きな痛手でした。





「プチうつ」気分にサヨナラする本

「プチうつ」気分にサヨナラする本

  • 作者: 下園 壮太
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2007/01/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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兆候 ~7年前~ [兆候]

 入社した自分が配属になったのは経理部。
配属時に出身大学と抱負をはつらつと挨拶したのを覚えてます。

毎日ひたすら原価計算をして、担当部門の採算をまとめて経営陣に報告するのが仕事です。
夕方5時までが一応の定時でしたが、定時で帰るのは女性陣だけ。
通常帰るのは早くて夜の8時、平均すると9時ころでした。
遅い日だとと10時、11時になってしまいます。

 1年目は夜中まで仕事する自分が誇らしく思えたりしたのですが、2年目から次々と体調に異変が
生じるようになりました。就活中に苦しんだ胃痛が再発したのです。

自分は特異な体質で子供の頃からゲップが出なくて苦しんでいました。
食後はもうお腹ポンポコリンです。炭酸なんか飲んだ日にはもう苦しくてしょうがない。
それで、初めてゲップが出たのが大学時代。無理やり胃に力を入れてゲップを出したのです。
生まれて20年間ずっとため込んだゲップはメタンガスのようなにおいでした。

それ以来ゲップは出るようになったのですが、今度はゲップと同時に胃酸が逆流するように
なってました。胃カメラ飲んでも特に異常なしと診断されていましたが、毎日塩酸飲んでいる
ようなものですからね。もう意識がもうろうとして死にそうになりました。

もうだめだと思ったとき、これはゲップのせいだと気づいて意識的にゲップを我慢するように
したのです。そうしたら、日に日に良くなって胃痛はすっかり良くなりました。あと1カ月続いたら
会社やめようと決意していたので、この時は治って本当に良かったです。

 また、2年目には社会不安障害の初期症状と思われる症状が出てきました。
朝礼や会議が苦手になったのです。まだ朝礼で話をすることはなかったのですが、
見てるだけで「何か言わされるのではないか?」と不安になるようになったのです。
会議中もなぜだかわかならにほどに緊張するようになりました。

でも当時はまだ会社入ったばかりだから、周りは年上の人間ばかりです。
また、一日中パソコンと向き合っていることが多く、自己表現の場が少ないせいだと思ってました。

 この年は入社2年目ということでレポートを会社に提出する義務がありました。
普段の仕事内容に業界の市場動向をまとめたレポートです。
ワードで20枚程度書いたのですが、普段の仕事が減るわけではありませんからもう大変です!
夜9時くらいからスタートですが、その時点でもうクタクタだし何より腹が減ってます。

そのときは寮生活だったので、一旦寮に戻ってまずい夕食を食べてからスタートです。
必然的に夜中の12時過ぎの帰りになります。夜中2時3時までいる日も多かったです。
3か月間ほとんど1日中パソコンに向かってました。

締め切りが近づいてきて「土日も会社に行かないと間に合わない」という状況になりましたが、
どうしても土曜日は布団から起きられません。頭痛と胃の痛みがひどかったのです。
そのときはまだ胃痛は治ってなかったのです。頭痛は目が痛かったですね。
眼精疲労でクラクラする感じです。でも若かったのもあり何とか締め切り前日に徹夜して
間に合わせました☆




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プロローグ [兆候]

 大学卒業して、今の会社に勤務したのが今から8年前。
東京の私大を卒業してそのまま東京に就職するか、それとも故郷にUターン就職するか?
私は、子供の頃なんとなくあこがれていた某メーカーに就職することになった。
東京にも残らず、故郷にも帰らず中途半端な感じになってしまった。

それでも、当時は不況真っ最中。就職活動中に面接中では汗だらだら出るし、胃が痛くなって
胃カメラ飲んだり、挙句の果てに血便が出るなど、なかなか辛い思いをしながら東京砂漠を
さまよってやっとつかんだ内定だったのです☆

1か月の研修期間を経て、自分は工場勤務となりました。
同期は50人くらいいましたが、事務系はみんな営業行く気満々でしたからね。
同期の間では工場よりも、本社勤務を希望する人が多かったです。

もともとあまりべしゃりの不得意な自分は「もう工場勤務でいいや」と思って、研修期間中も
質問とかせずにのんびりやっていました。

あまりやる気なさそうに見えますが、このころは将来は一旦は工場で製品知識を得て、
将来は異動して売れる営業マンを目指そうなんて思ってました。
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